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祇園葬

今年の夏は何やけったいなお天気で、お盆が過ぎてから真夏日が戻って参りました。舞妓ちゃんの花簪も桔梗に替わったんどすけど、いまひとつ気分が出ぇしまへんなぁ。

休みの日に、窓からぼ〜っと外を眺めてたら霊柩車がお山(京では火葬場のことをこう呼ぶんどす)へ向こうとります。なるべくならああいうもんには乗りたないもんどすなぁ。

さて今日は祗園のお葬式のお話どす。皆はんは吉井勇はんて知っといやすか?そう、あの「かにかくに」の歌を詠んだお方どす。京の町、ことに祗園をえらい愛したはって、かの文芸芸妓、磯田多佳女はんらとも親しゅうて、祗園を詠んだ歌をようけ残さはったお方どす。

この方が亡くなったときには、建仁寺で葬儀が行われたんどすけど、入口から本堂までの両脇には祗園中のおかん・芸・舞妓が喪服姿で並んだんやそうどす。その数、五百とも七百とも、いわゆる祗園葬て呼ばれるもんどす。

【白川南通りの吉井勇歌碑】
kankou5.jpg

「そら立派なお葬式どしたえ、うちらは舞妓どしたさかいに、どないなお方やよう知りまへんどしたけど、お姉さんに連れてかれましてん」大きなお姉さんが昔を思い出して云うてはります。あ〜、うちもせめて四・五人くらいの芸・舞妓はんには見送って貰いたいもんどすなぁ。

花街はどことも狭いとこで、結束も強い一つの町内会みたいなとこどす。せやさかいに内輪の誰ぞが亡くなって祗園町でお葬式出すちゅうたら、よほどの事情が無い限りは殆どの人が弔問に訪れはります。

「お母はん、うちも行くのんどすか?」出たての舞妓ちゃんがたんねとります。
「当たり前どすがな、○△のお母はんにはあんたもようけお世話にならはったんどっしゃろが」
「へぇ、よう可愛がってもらいました」
「そこへ喪服が出したぁるさかいに、早よ着替えよし。一時からやさかいに急がなあきまへんえ」

勿論、芸・舞妓はんもお葬式へは喪服を着て行かはります。お通夜のときは、営業時間中ちゅうこともあって、白塗り・お引摺りのまま行くこともおすけど、昼間のお葬式へは、舞妓ちゃんは必ず喪服を、芸妓はんは喪服、もしくは色紋付に黒の帯を締めて行かはんのどす。舞妓ちゃんは髪はそのままで、簪などはみんな外し、紅い鹿子は白いきれで覆い隠すんどす。もちろん白塗りはせぇしまへん。

黒紋付の正装姿も中々艶っぽいもんどすけど、この喪服姿ちゅうのも中々のもんどす。普通のお方でも、喪服を着たら2・3割方別嬪に見える、ちゅうくらいどっさかいに、そらきれいどころが上等の喪服を着付けたら・・・

けど、こればっかりはいついつ決まったときにあるもんやおへんさかいに、目にする機会はごく稀なことどす。もしも運良う?そうした場面に出くわしたら、よう見てみとぉくれやす。あ、仏さんにも手ぇくらいは合わしたげとぉくれやっしゃ。その日の主役はあくまでも仏さんどっさかいに。

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2003年09月03日 19:21に投稿されたエントリーのページです。

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