京都祇園観光案内

祇園祭の神輿洗

祇園祭の成り立ちは諸説あるんどすが、10日と28日に行われる神輿洗こそが太古の祇園祭の有り様を残す祭であると言われております。
天延2年、疫病などを鎮める目的で円融天皇が神輿を神泉苑まで渡御させるよう命じたことが祇園祭の起源と言われております。
すなわちそれ以前は祇園社から鴨川までのお祭りであった訳どす。
山から鴨川を下る清純な神様を10日にお迎えし八坂神社にて祀り、お疲れになった神様を28日に鴨川へお戻り頂く。
いにしえの祇園祭の形が現代でも見られるのは素晴らしい事やと思うんどす。
余談どすが、神輿洗いの期間は鴨川に神様がいらっしゃらないので、川遊びが許されたそうどす。
川遊びちゅうのは、今は5月からオープンしてる鴨川の床の原型どすな。
昔は鴨川に直接床几を出して遊んどったらしおす。
そやからホントに信心が厚い方は、床は7月の10日から28日に行かはったらええと思います。
前置きが長うなりましたが、神輿洗いのご紹介です


神事用水清祓(しんじようすいきよめはらい)
7月10日(午前10時)仲源寺(目病地蔵尊)〜四条大橋
10日夜に行われる「神輿洗い」で、神輿を清めるのに用いられる水を鴨川から汲み上げる儀式が行われます。これを神事用水清祓といいます。
神事用水清祓
午前10に仲源寺(めやみ地蔵尊)に関係者が集まり、雅楽の演奏と供に出発します。
仲源寺と鴨川は古来より関係が深いんです。
大雨が降るたびに氾濫する鴨川に対して治水などの手段を持っていなかった当時の治世者が、雨が止むよう祈願する為に作った寺とされています。
またまた余談どすが「あめやみ」が「めやみ」となり現代では眼病除け祈願の寺として盛況しています。
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雅楽の奉納で厳かなムードの中、四条大橋上から縄でくくった桶を降ろし、鴨川の水を汲み上げます。
四条大橋上
こうして汲み取られた水は鴨川畔の祭壇に祀られ、予備として仲源寺に保管された御神水と合わせて、夜の神輿洗いに使われます。
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午前中の行事はこれで終いどす。
またまた余談どすが、10日から28日の祇園祭の間このような神事が行われる事から鴨川は宮川と呼ばれたそうどす。
京都五花街の一つ宮川町の名前の由来どすな。
神輿洗(みこしあらい)
7月10日(午後7時)八坂神社〜四条大橋
午後6時半過ぎ、竹で組み上げた巨大なた松明(たいまつ)に灯が灯され、八坂神社本殿でお祓いを受けます。

八坂神社南門を出た松明は祇園石段下から四条通りを西へ、四条大橋へ向かいます。途中お迎え提灯行列の一行とすれ違います。

四条大橋の上へ到着した巨大な松明は垂直に立てられ「まわせ〜」「まわせ〜」と活気のあるかけ声と共にくるくる回されます。

一旦八坂神社に戻ります。この頃にはすっかり日も暮れて、松明の灯りが幻想的に見えてきます。

八坂神社境内にて松明を火を分け増やします。今度は三本の松明が中御座の神輿と共にまた四条大橋へ向かいます。 八坂神社には三基の神輿がありますが、神輿洗いには代表として中御座のみが鴨川まで担がれます。

神輿が四条大橋に到着すると午前中に鴨川より汲み上げられたご神水にて清められます。
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写真左下にしゃがんだおじさんが写ってます。これは松明から落ちた炭を集めています。 これを和紙に包んで神棚に祀るのです。また料理に使う水につけておくとご利益があるという方もおられました。

八坂神社へ帰社しました。 この後境内では鷺舞の奉納などがあり、15日に行われるご神霊に神輿へ遷って頂く儀式、宵宮祭へと続きます。

※祇園祭にはホンマに諸説ありまんので、お前の言うてる事間違いだらけってお叱りはどうぞ勘弁しとくれやす
[この記事はG-Watcher様のご指摘を頂きまして公開後に一部加筆修正しております]

3 comments

  • G-Watcher

    最後にお誘いの言葉があったのでさっそく。
    >こうして汲み取られた水は仲源寺に保管され、夜の神輿洗いに使われます。
    仲源寺さんに保管される方は予備で実際に神輿洗いで使われるのは鴨川端の祭壇にお祭してある方だと思うのですが。

    返信
  • 八代目

    G-Watcher様
    ご指摘おおきに、ありがとうございます。
    関係者に確認しました所、なるほどG-Watcher様のご指摘の通りでした。
    ただ、仲源寺に予備で置いている御神水も使わない訳では無く、神輿洗に持ち出し、祭壇のものと一緒に使い切ってしまう事が多いとの事でした。
    という訳で、28日に祭壇を撮影の上、上記記事を修正したいと思います。
    他にも何かお気づきの点がございましたら、ビシビシご指摘下さい。
    お陰様で少しずつ知識が増えてきます。

    返信
  • G-Watcher

    ちょっとしたいたずら心のコメントに再度28日にご取材される由、誠に恐縮で、申し訳ないです。
    実は記憶が不確かなので前回のコメントには書き込まなかったのですが、四条大橋下るの鴨川(宮川)端の祭壇は、京阪が地上を走っている時は設けられていなかったように思うのです。確か川端通が整備されてから祭壇を設けられるのが復活したように思うのですが、勘違いだったでしょうか。だから以前は仲源寺さんに全ての御神水を保管されていたのではないかと思うのです。
    是非その辺のところを記事にしていただけたらありがたいです。
    祇園祭の情報の記事はほとんどの場合、どこかからの書き写しで、八代目さんのようにきちんと現場で取材されている生の記事は少ないので、いつもなるほどと思って見させていただいております。大変ありがたいです。山鉾の記事はあっても八坂さん周辺の記事は少ないですし貴重な存在だと思います。
    今後も生の祇園町の記事をよろしくお願いいたします。ご期待いたしております。

    返信

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