京都祇園観光案内

お風呂

今日はお風呂のお話どす。今はどこの屋形にも内風呂がおますさかいに、銭湯へ出かける舞妓ちゃんは殆どおへん。けど、一昔前まではみんな銭湯へ出かけて行ったもんどす。昼下がりに、浴衣がけで石鹸の匂いがする舞妓ちゃんらが歩いてるとこなんかなかなか風情がおしたけどねぇ。誰どす、お金払うてもええさかいにそんなとこの番台に座りたい、て云うたはんのは(笑)。名前は忘れてしもうて、今はもうおへんけど、先斗町には女風呂だけちゅうお風呂屋さんがおました。お客はんはもちろん先斗町のお姉さん方どす。祗園にも「祗園湯」ちゅうお風呂屋はんがあったんどすけど、最近無うなってしまいました。
このお風呂へ行くタイミングが難しいのんどす。新人の舞妓ちゃんにとっては皆先輩どす、「着物着たはるおなごはんみたらとにかく頭下げときなはれ」て云われるくらいどっさかい、そんな妓が何も考えんとのこのことお風呂へ出かけたらえらい目に合うのんどす。さあ上がろかいな、思うたとこへお母はんとかお姉さんとかが入って来はります。「お先どす、姉さん」ちゅう訳にはいかしまへん。「背中流さして貰います、姉さん」で、ゴシゴシゴシ。ようやっと終わったて思うたところへ次のお姉さんが、運がわるいと次から次へと入って来て中々出られしまへん、揚げ句の果てに湯あたりで倒れた舞妓ちゃんもいたそうどす。
舞妓ちゃんになってしばらくすると、要領がわかって来ます。お母はん、お姉さん方がお風呂屋はんへ行く時間ちゅうのは大体決まっとります。せやから、ぎょうさん行かはる時間帯を避けて、少ないときに行くのんどす。生活の知恵どすなぁ。けど、中にはその逆を狙う妓もいたんどすて。どういうこっちゃて云いますと、昔は今みたいに舞妓ちゃんの数が少のうて、ちやほやされる時代やおへんどした。器量の悪いのんや舞の下手な妓は中々お花が売れへんのどす。今では考えられへんことどすけど、都をどりも出られへん妓がぎょうさんいたらしおす。
そこで、そういう妓はどうするかて云うと、朝は毎日お茶屋はん巡りをして「お母はん○×どす、よろしゅうお頼申します」そう、先ず名前を覚えて貰わなどうしようもおへん。それにおかんにしても、毎日毎日通うて来るといじらしゅうなって来ます。何かの折りに、そやあの○×ちゃん呼んだろか、ちゅうことになりますわなぁ。そこで、お風呂でもこの手を使うんどす。つまり、ぎょうさん来やはる時間をわざと狙って待ってんのどす。で、来やはったおかんに「お母はん背中流さして貰います、どこそこの○×どす、○×どす、よろしゅうお頼申します」て、選挙の連呼みたいに背中で云うのんどすて。こんな話聞いたら、切のうて泣けてきまっしゃろ。
売れへん妓は人並以上に努力せなあきまへん、結果お稽古も熱心にしやはるし、愛想もようなります。逆に顔立ちがええ妓はほっといても(※1)お花が売れますさかいに段々と横着になって、これが自分の実力なんやて思うようになってしまいます。何年か経ったら、その差ははっきりしますわなぁ。持って生まれた美しさちゅうのんは段々と古うなりますし、次から次と若い妓が出てきます。盛りの時期はあっちゅう間どす。それに比べて、身につけた芸ちゅうもんは年が経つほど磨かれていくもんどす。
そら器量が良うて努力家ちゅうのんが理想的やとは思いますけど、うちが思うに、舞妓ちゃんになる条件は決して顔立ちだけやないて思うんどす。器量の悪いのんをバネにして努力するちゅう根性があるかないかの問題やて思います。こら舞妓ちゃんの世界だけやおへんけど、自分が大事にされへんのは綺麗に生んでくれへんかった親のせいやとか云う子がいてますが、見てるとそういう子に限って努力はしたぁらしまへん。人間、努力したらきっとそんだけの報いはある、て思いますえ。
※1 お花  花代ちゅうて、芸・舞妓ちゃんを呼んだときの料金のことどす。5分を1本ちゅうて勘定すんのどす。1本幾らかは、そんときの状況次第、おかんが鉛筆舐めながら決めるんどす。

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