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女紅場

今日は祗園の芸・舞妓はんらが通う八坂女紅場学園のお話どす。女紅場・じょこうばて云うのんは明治の初め頃に全国につくられた、女子に裁縫・料理・読み書きなぞを教えるための学制外の施設のことなんどす。明治5年には京に新英学校女紅場(現在の鴨沂高校)、八坂女紅場がでけました。同志社女子大学も最初は「同志社分校女紅場」ちゅう名前やったんどすて。人気がなかったんか、やがて全国の女紅場は閉鎖されていったんどすけど、八坂女紅場だけは祗園甲部の芸事の研修所として残ったんどす。

祗園ではじょこうばとは云わしまへん、「にょこうば」て呼んどります。学園ちゅう名称がついとりますけど世間で云うところの学校法人やおへん。せやからここの生徒になっても学割は貰えしまへん(笑)。授業科目は、舞・能楽・長唄・一中節・常磐津・清元・地唄・浄瑠璃・小唄・鳴物・笛・茶道・華道・書道・絵画などがあんのどす。舞、鳴物、茶道と最近になって三味線が必須科目になったんどす。それ以外は好きなんを選択でけんのどすけど、大体自分のお姉さんの習うたはるもんになるみたいどす。

ここでは下は15歳から上はそれこそ80過ぎの生徒がいてはります。中学・高校やと三年生が最上級生どすけど、ここでは何十年生がいたぁります。他の学校では考えられへんことどす。またこの学園、毎年お正月に始業式はおすけど、入学式もおへんし卒業式もあらしまへん。つまり舞妓になったときが入学式、妓籍を抜けるときが卒業式ちゅうことになんのどす。自分一人、心の中での入学式・卒業式ちゅうのも他の学校では考えられしまへん。勿論、体育祭も修学旅行もあらしまへん(笑)、文化祭にあたるのんが春の都をどり、秋の温習會ちゅうことになんのどっしゃろか。

時間も、普通の学校みたいに毎日決まってるわけやおへん、自分の習い事があるときに出かけて行くのんどす。時間割ちゅうか、予定表が花見小路と切通にある検番の前の黒板に書いたぁりますさかいに、今度通ったときにでも見とぉくれやす。あ、あきまへんえ、勝手に書き変えたりしたら、見るだけにしといとぉくれやっしゃ(笑)お稽古の順番も原則的には早う来た順番なんどす。早う済まそて思うたら早くから行って待っとります、けどおっきなお姉さんが後から来やはったら、気を使うて「お先どうぞ、○×さん姉さん」て譲るときもあんのどす。せやから出たての舞妓ちゃんは時間がかかるんどす。けど、お姉さん方のお稽古を見せて貰うのんも勿論お稽古のうちどすさかいに、熱心な妓ぉは長いこと見学したはりますえ。

普通の学校の生徒と一緒で、お昼ごはんは一日の内で楽しみなひとときどす。お稽古が済んで、仲のええ同期らと待ち合わせて一緒に食事行くのんが嬉しおす。「ああ、おなか空いた、○△ちゃん今日は何食べる?」「せやなぁ、スタバもちょっと飽きたしなぁ、フカヒレラーメンでも食べよか」「あ、あれ美味しいなぁ。いっぺん、うっとこのお姉さんに連れてって貰うたわ。お姉さん、店でけたとき3日も続けて行かはったんやて」
昔は、舞妓ちゃんがお稽古帰りに食事にお店入るなんちゅうことは許されてへんかったんどすて。もしお姉さんにでも見つかったら、そらすごいこと怒られたらしおす。今の舞妓ちゃんはその点、恵まれとりますなぁ。て、おっきなお姉さんが云うてはりました。同期と一緒に食べながらいろんな話に花が咲きます。このときばかりは世間一般の普通の女の子に戻って、きゃあきゃあと賑やかなことどす。たまには悪口も出て来ますけど、気ぃつけなあきまへんえ、壁に耳有りどっせ。

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投稿者 : ぽp 日時 : 2006年12月03日 16:14

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2002年06月27日 19:50に投稿されたエントリーのページです。

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